ボツリヌス療法(ボトックス注射)による筋緊張症治療について

抗加齢学会専門医/麻酔科認定医
コッツフォード良枝:監修

公開日:2020/07/10 更新日:2020/07/03

わたしたちは、普段から物を握ったり、持ち上げたり、運んだりする動作を繰り返しています。
それは意識した通りに筋肉が動いてくれるからです。
しかし、なかには思うように筋肉を動かせない筋緊張症に苦しむ人たちがいます。
日常生活に支障をきたす、この厄介な症状を改善できるボトックス注射という治療をご存知でしょうか。
ここでは筋緊張症の治療法を紹介しながら、治療によってどんな効果が得られるのかを具体的に解説します。

ボツリヌス療法(ボトックス注射)について

ボツリヌス療法(ボトックス注射)について
筋緊張症は、筋緊張異常を伴う疾患のことで、顔や四肢などを動かす運動ニューロンの障害によって起こります。
この障害は、脳出血や脳梗塞などが原因となり、痙縮といった特有の症状を発生させることもあります。
わたしたちが何気なく行っている動作ができなくなってしまうため、介護が必要になるケースも多くなるのです。
症状を抑えるために、最近はボツリヌス療法が注目されています。
ここでは、ボトックス注射によるボツリヌス療法について解説します。

ボツリヌス療法(ボトックス注射)とは

筋緊張症の改善が期待できるボツリヌス療法は、ボツリヌス菌から生成されるボトックス注射を用いる治療法です。
ボツリヌス菌は、酸素がない場所で繁殖する偏性嫌気性菌で、低酸素状態に置かれると発芽と増殖が起こり、毒素を発生させます。
ボツリヌス菌が付着した食品などを摂取すると、毒素が体内に入るため中毒症状が起こるのです。
ボトックス注射は、この毒素から毒性を取り除いたもので、治療に用いても感染することはありません。
有効成分は、ボツリヌストキシンというボツリヌス菌がつくる天然のたんぱく質です。

ボトックス注射を筋肉に打つことでボツリヌス毒素が痙縮を和らげ、その効果は数ヶ月続きます。
しかし、ボツリヌス治療は対症療法なので効き目が弱くなれば再び注射しなければなりません。
より効果を上げるには、痙縮が改善しているあいだに、医師や療法士などの指導の下で適切なリハビリを行う必要があります。
より関節可動域が広がったり、痛みを軽減させたりするなど様々な効果が期待できます。

しわ取りの薬がなぜ痙縮に有効なのか

しわ取りの薬がなぜ痙縮に有効なのか
ボツリヌス菌の毒素は美容医療でも活用されています。
日本では、ボトックス(A型ボツリヌス毒素製剤)が使われ、とくにシワ取りなどで効果を発揮してきました。
ボツリヌス毒素がアセチルコリンという神経伝達物質を遮断することから、よく動いて表情をつくる筋肉の収縮を抑え、弛緩させるのです。
目尻や眉間に刻まれるシワの改善といったエイジングケアに有効ですし、輪郭補正でも活躍します。
ボツリヌス菌特有の神経毒素が作用することで筋緊張異常などの症状が緩和・改善されるため、医療治療用としても使用されています。

治療対象となる病気

ボツリヌス療法は、ボツリヌス神経毒素を活用した注目のメソッドです。
ボツリヌスキトシンという成分が痙縮を緩和するためで、筋肉のこわばりが特徴的な病気の治療に役立ちます。
ここでは、ボツリヌス療法の治療対象になっている病気について紹介し、どのような症状が現れるのか解説します。

筋緊張症

脳内の血管が破れれば脳出血やくも膜下出血が、血管が詰まれば脳梗塞が起こります。
これらは、脳への血液循環が阻害されることによって、卒倒したり機能障害を起こしたりする病気で、脳卒中と総称されています。
例えば脳梗塞になった場合、血栓溶解薬であるt-PAを投与したり、カテーテル治療を行ったりすれば回復できる見込みがあります。
しかし、発症後、4.5時間以内に治療を開始しなければなりませんし、検査の結果、回復可能な状態だと判断された患者でないと治療を許可されないという高いハードルがあります。
統計的には、発症患者のうち約60%の人たちが、死亡あるいは後遺症に苦しめられているのです。

この後遺症で多いのが、運動障害の1つである筋緊張症で、根治できる病気ではないことからボトックス注射のような対症療法がメインとなります。
ただし、ひと口に症状と言っても患者によって多様で、画一性がないという特徴があります。
そのため、各患者に合わせた治療方法やスケジュールを組まなければなりません。
共通しているのは、筋肉が緊張して動きにくくなったり、勝手に動いてしまったりする点です。
また、いったん筋肉が収縮すると、弛緩するまで時間がかかってしまうという性質もあります。
健常者が何気なく繰り返しているような簡単な動作さえスムーズにできなくなり、症状が重いケースであれば日常生活に支障をきたしてしまいます。

片側顔面けいれん

PCやスマホを使い過ぎたり、日頃から長時間の読書が習慣的になっていたりすると、ピクピクと瞼がけいれんすることがあります。
片側顔面けいれんも瞼などからはじまるケースが多く、いわゆる「疲れ目」と区別がつきにくいことが特徴的です。
顔半分が自分の意思とは関係なく動いてしまう症状で、言い換えれば、意思の力で制御できないということでもあります。
最初は短時間だけですが、徐々にけいれんする時間が長くなっていきます。
悪化すると、顔の下へとけいれんが移動していき、頬、口、あご、あご下にも起こるようになります。

断続して目元が動くようになると、仕事によって問題化しはじめます。
理美容師や調理師のように刃物を多用したり、タクシードライバーや宅配業者のように車やバイクを使ったりする場合は危険を伴いますし、外回りの仕事や人前に出る仕事の人は印象が悪くなることもあります。
脳内にある顔面神経に血管が触れ、圧迫するために起こるということが判っており、根本的な治療法があります。
神経血管減圧術という外科手術を行い、圧迫血管が神経に触れないようにする方法です。
それ以外には、ボトックス注射のような対症療法が効果的です。

上下肢痙縮(手足のこわばり)

上下肢痙縮は、脳卒中の後遺症や頭部への外傷などが原因で起こる運動障害です。
体の片側が麻痺する「片麻痺」により、手足が異常にこわばるようになります。
これは痙縮という症状で、第3者がサポートして動かそうとしたりすると初めは強い抵抗があり、伸張すると徐々に抵抗が弱くなる「折りたたみナイフ現象」とも呼ばれます。
手足が曲がってしまう状態が続けば、歩行そのものが困難になりますし、関節の可動が極端に制限(拘縮)されてしまい、日常生活に不自由を感じる機会が増えてしまいます。

痙縮している部位の筋肉にボトックス注射を行うと、ボツリヌス毒素が筋肉の収縮を抑制します。
この神経毒素による効果で筋肉が弛緩されるため、関節を動かしやすくなる、痛みが軽減される、呼吸が楽になるといった症状の改善が見られます。

ボツリヌス療法(ボトックス注射)の治療後の効果

ボツリヌス療法(ボトックス注射)の治療後の効果
ボツリヌス療法とは、ボツリヌス毒素が筋肉の収縮を抑制・弛緩するという特質を活用したメソッドです。
根治できない症状を改善できる対症療法として医療業界で注目を集めています。
痙縮などが起こると日常生活は不便になりますが、ボツリヌス療法を行えば、罹患した人たちに様々な効果が発揮されるからです。
ここでは、具体的な効果について解説します。

日常生活の動作が楽になる

脳卒中などの後遺症が原因で片麻痺が起こり、手足がこわばってしまうと、生活しづらくなります。
肘が曲がった状態が続くため人や物にぶつかりやすくなる、物を取ろうと思っても手が伸びない、指が開きにくくなって衛生状態が悪化する、といった不便さに直面するからです。
ボトックス注射によるボツリヌス療法を行えば、痙縮した部位の筋肉からこわばりが取れ、関節可動域が広がるようになります。

また、手足を動かしたり、伸ばしたりすることができるため、食事や更衣、排泄などが楽になっていきます。
この日常生活に欠かせない動作がひとつひとつ向上していくことでストレスから解放されるだけでなく、家族や介護者に頼りっぱなしだった状況に変化が起こり、自信を取り戻していくようになるのです。
こうした改善は人生の質とも呼ばれるQOL(Quality of Life)を引き上げてくれますし、患者の健康寿命を延ばす効果も期待できます。

リハビリが行いやすくなる

脳卒中などの後遺症により、片麻痺が生じた場合は、急性期リハビリテーションが効果的です。
これは、脳卒中発症の早期に開始されるもので、手足の痙縮や関節の拘縮を防ぐ目的で行われます。
ベッドの上で手足を動かしたり、可動式のベッドを利用して座る姿勢を保ったりすることにより、筋緊張症の根本的な改善を目指します。
しかし、痙縮や拘縮といった症状が強く現れていると、手足を動かすことができず、リハビリをスムーズに行えません。
リハビリを効率的に進めるには、ある程度、手足を動かせる状態が必要なのです。
ボツリヌス療法を取り入れれば、筋緊張異常を緩和できるため、その患者に合ったメニューとスケジュールでリハビリが可能になります。

ボツリヌス療法とリハビリを組み合わせることにより、リハビリとボトックス注射を単独で行うよりも関節可動域が広くなり、回復までの期間も短縮されます。

痛みが緩和される

脳卒中を発症すると、後遺症の影響で痙縮という筋肉の異常な緊張状態に悩まされることがあります。
痙縮は手足にこわばりを生じさせる運動障害で、手足がつっぱってしまうため日常生活に必要な動作が極端に制限されてしまいます。
また、筋肉が収縮することで関節が固まり、動きにくくなる拘縮という症状も現れます。
放置しておくと関節そのものが変形してしまうおそれがあるため、早めに対症療法を取り入れることが肝心です。
痙縮と拘縮が強くなると、手が開きづらくなって爪が食い込んでしまう、足の指が曲がった状態で爪先歩きになる、正しい姿勢を保持できないため膝や腰などに過度の負担がかかる、といった状態が日常化します。

そのため、体のあちこちに痛みが生じやすくなり、ストレスも強まっていきます。
ボツリヌス療法を取り入れれば、筋肉の緊張異常が改善するため、痙縮や拘縮が原因で起こる痛みも緩和されるのです。

介護者の負担が軽減される

脳卒中を発症すると片麻痺などの後遺症が残る場合があります。
片麻痺は痙縮や拘縮を引き起こすため、食事や更衣、排泄といった生活に必要となる基本動作(ADL Activities of Daily Living)さえスムーズに行えなくなってしまいます。
自力で生活することが困難になることから、家族や配偶者、専門業者などによる介護が欠かせません。
しかし、体が不自由な状態の患者を介護するのは難しく、うまく意思疎通できないケースもあります。

ボツリヌス療法を行えば、痙縮や拘縮が改善され、手足や関節の動きが滑らかになります。
患者がひとりで起き上がったり、歩いたりできるようになるため、介護者の身体的負担はもちろん患者の精神的な苦痛も軽減されるのです。
患者と介護者がともにストレスから解放されることから、リハビリの効果も上がっていき、買い物や服薬管理といったより高度な動作(ISDL Instrumental Activities of Daily Living)の回復も目指せるようになります。

ボツリヌス療法(ボトックス注射)の治療内容

ボツリヌス療法(ボトックス注射)の治療内容
ボツリヌス療法であるボトックス注射が登場するまでは、中枢筋弛緩薬という経口薬や神経破壊薬を用いた治療がメインでした。
しかし、経口薬は緊張異常を起こしている患部以外にも作用してしまうため、体全体に脱力感が発生することがあります。
また、神経破壊薬は末梢神経を狙って注射しなければならないため高度なスキルが要求されます。
その点、ボトックス注射は症状が出ている部位だけに打てますし、神経よりも狙いやすい筋肉に打つことで痙縮を和らげられるのです。
難易度が低くて簡便なため、患者への負担が軽くなり、入院する必要もありません。

注意が必要なのは、ボツリヌス療法を止めれば再び痙縮や拘縮が発生してしまうという点です。
リハビリをスムーズに行うためにもコンスタントにボトックス注射を打つことが肝心です。
注射の効果は2日目~3日目には現れますが、3ヶ月間~4ヶ月間ほどしか継続しないため、年に数回程度の治療を受けなければなりません。

ボツリヌス療法(ボトックス注射)の副作用

ボツリヌス療法(ボトックス注射)の副作用
ボトックス注射は、痙縮や拘縮を和らげる目的で行う筋肉注射です。
静脈注射や皮下注射と違い、皮下組織よりも深い場所に薬剤を入れます。
筋肉に対して直角に打ち込むことも特徴的です。
そのため、注射した部位が赤くなったり、腫れたりすることがあります。
痛みが発生するのは、注射した後によく揉まなかったためで、筋肉内にしこりが残っているからです。
また、ボツリヌス療法は、ボツリヌス菌の神経毒素が筋肉の収縮を抑えるという性質を活用したメソッドです。
その際、神経伝達物質が遮断されてしまうことから、強い脱力感を覚え、体がだるくなったり、力が入りにくくなったりするケースもあります。

ほとんどの場合、副作用は一時的に発生するものです。
しかし、治療時の体調などが影響したり、アレルギー反応を起こしていたりすると、長引くこともあります。
心配なときは医師に相談し、指示に従って治療する必要があります。

ボツリヌス療法(ボトックス注射)を検討する方へ

ボツリヌス療法(ボトックス注射)を検討する方へ
脳卒中で後遺症が残ると、片麻痺が起こり、筋緊張を誘発します。
手足がつっぱって日常生活に支障をきたす、難治性の運動障害です。
対処療法として注目されているのがボトックス注射で、ボツリヌス菌の毒素が筋肉の収縮を抑え、弛緩させるという特徴を活用しています。
難易度が低く、入院は不要であり、リハビリの効果も上がります。
検討しているのであれば、副作用について調べ、経験豊富な医療機関で受診するのがおすすめです。